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何かと批判の対象となっている「ら抜き言葉」ですが、僕は最近「まぁ良いんじゃないか?」と思うようになりました。というのも、ら抜き言葉を使うと可能と受動が容易に区別できるんですよね。例えば「食べられる」という言葉、「このパンまだ食べられる」という文では可能になりますが、「ネズミがネコに食べられる」という文では受動になります。このように「〜られる」という言葉は同じ形で可能・受動という、全く異なる意味を表現してきたわけです。従って、両者をより簡便に区別するため、ら抜き言葉が生まれても仕方無いんじゃないか?と思ったわけでして。まぁ「ら抜き言葉は誤用だ」という人がいるのも、同じくらい仕方の無い事だとも思いますが。
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