例えばどこでもドアの出口を自分の後方1mに出した場合、自分の1m先には自分が居て、そのまた1m先にも自分が居て...という、(見かけの上で)自分が無限に存在する空間を作る事ができます。そして、そのままドアの枠を移動して入り口と出口の間を狭めて行くと、やがて無限に存在する自分が恐ろしく窮屈な空間に推し込められる形になります。ただ、この「恐ろしく窮屈な空間」というのも、無限に続く空間だったりするわけですが。
...というような話を友人にしたら「それは物理学ではなく形而上学だ」と言われました。その後延々説明を聞いても、なぜこれが形而上学になるのか理解する気も起きませんでしたが、「アンデスメロンはメ安心ですメロンモの略らしい」という話だけは印象に残りました。「安心ですメロン」ってネーミングはちょっと頭がおかしいと思う。
あと、執拗に「火垂るの墓」を放映する日テレも頭がおかしいと思います。
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